矢野クンの論文

ヒグラシゼミが近づいているので、急ぎ新たな情報を流します。
矢野クンの評論の方は、新人賞を取った『群像』6月号だと記したけど、研究論文として(彼の場合、評論と差異は無さそう)『学芸 国語国文学』第46号(すなわちイチロー先生退職記念号)に「芸能文脈としての町田康――「おかしみ」と論理性をめぐって」が掲載されている(寄稿に感謝!)。
論の内容は表題に現れているとおり「芸能・論理性・おかしみ」をキーワードにして面白く読ませるが、論の「はじめに」と「おわりに」にイチロー先生の「芸人」ぶりに触れている。
もったいなくも浅田彰センセイの言葉を引用してくれているが、矢野クンが多分お察しのとおりでイチロー先生は、《メタ・レベルとオブジェクト・レベルの両方に足をかけているという事実をやすやすと受けいれ、それを笑いとともに生きる存在なのだ。》(浅田)という意味で、紛れもなく「道化」(芸人)だと自覚しております。
ふだんの講義はステージだと意識していたのは事実、だから前回好評だったせいで拍手で迎えられた時はカンゲキしたものだ。
芸人だからこそ最終講義を毛嫌いして「最終口演」と銘打って、できるだけ意味の無い話を心がけたわけサ(『学芸 国語国文学』記念号の冒頭写真を釣り姿にしてもらったのも同然)。
しかしあの日は体調が悪すぎて思うように話せなかったのはザンネン!
といっても当日、伴侶のさとみちゃんと楽しい二人旅に出かけていた矢野クンは知らないか・・・
代わりに13日のアフターで美酒とメチャうまい超高級なヨーグルト(学部1年生ながら参加し続けているアッ君の父君のお中元、イチロー先生が仲人だから)を味わいながら、バカ話をしよう。