「日本人はバカだから〜」(北野武)  タモリ

昨夜偶然見かけた「TVタックル」で、たけしが「日本人はバカだから五郎丸を〜」という発言に出くわして笑いが止まらなかった。
ボクの評価基準は「知性と色香」だとナオさんに指摘されて苦笑したことがあったが、たけしは意外に思われるかもしれないものの「知性」を感じさせる。
言葉が下町風に乱暴なので(たけしが有名になった頃、ツク法師に先生に似てますネと言われたのは言葉遣いのせいだったかナ?)「知性」的だとは思わない人が多かろうが、時折本質を突いた発言をするので共鳴することがある。
いつもヤリ玉に上げるおぎやはぎの小木や千原せいじを始め(しゃもじ担いだ落語家も)、芸も愛嬌も(もちろん知性も)無い芸人が少なくない中でたけしの存在は際立っている。
4ケ国語の麻雀や寺山修司などのモノマネをしていた頃のタモリにも「知性」を感じたものだけれど、昼番組に存在を埋もれさせて満足してからはただの有名人に成り果てた感じだった。
昔はたけし同様に毒を持っていたけれど、芸も毒も失ってただのタレントに落ちぶれていたのは残念だった。

何もしなくてもカネ(大金)が入るようになると人間ダメになるのはタレントのみならず、「知性人」ならぬ「知識人」も少なくない。
売れればいいという魂胆でクダラナイ本を次々を出すのがそれで、本屋に行けば同じ著書が手を変え品を変えて「質より量」の本を連発している様が見えよう。
以前書いたように、その中でも真っ当だと期待していた内田樹も危険な兆候を見せてきたので心配している。
売れるということは低質でも買う人がいるということで、やはり「日本人はバカだから」という発言のとおりだ。
たけしが続けたのは「どこかのババアが五郎丸のお蔭で青春を取り戻せたなんて言いやがるンだぜ」という内容だったけど、五郎丸に同調して行く圧力には嫌な臭いを感じていたのでたけしに賛同できた。
好青年の彼には罪は無いのだけれど、こぞって一元化して行く勢いは今日の日付(太平洋戦争勃発)にまつわる熱狂が想起されもして危険を感じる。
太宰治がこの日を素材にした「一二月八日」に出てくる、周囲に同調しない夫のトボケタ味わいが懐かしい。