村松泰子元学長 久保田弁護士  中核派  中島裕昭  藤井健志

宇都宮大学の教員時代にガンで5年ほど闘病生活していたが、いち早く春を告げる沈丁花のキツイ香を嗅ぐと「また冬を越して生きた」という心地を味わっていたものだ。
学大にまつわる花としては、村松泰子元学長をはじめとした当時の執行部がボケ(低能)ばかりなので、ボケの花を見ると村松執行部と闘った頃を思い出す。
最近ボケのオレンジ色の花を2・3度見かけたような気がしたと思っていたら・・・
先日自家で書類の整理をしていたら、その頃の年賀状が出てきて我ながら面白すぎてしばし笑いが止まらなかった。
 松竹に梅が続かず木瓜(ボケ)が付く
「松」は村松泰子・「竹」は大竹美登利副学長のことだけれど、本文では学長の顧問弁護士だった久保田某のエロ事師ぶりまでからかっているのは見事なデキだった。

評論家の大谷昭宏さんが、「文科省から慶応・早稲田大学へ官僚が天下って世間を騒がせているのに、学生が黙っているのは残念だ。」と語っていたのは、共感をもってブログに記した。
最近アジト(活動拠点)への立ち入り調査がニュースにもなった(全学連中核派が、わが学芸大でビラまきしたことがあったそうだが、学生が政治的関心を持って活動しているのを聞くのはシールズ以来だから元気が出たものだ。
残念なのはビラまきしただけで大学当局が公安へ通報したと聞かされてガッカリしたけれど、率先して学生を弾圧しようとしたのが理事になった中島裕昭だと聞いて二重に失望したものだ。
村松泰子学長時代に、村松執行部が留学生に対するセクハラ等のハラスメントを見逃そうとしたのをボクが批判した際に、ボクの意見陳述の会議を欠席することで執行部に強力した許しがたいクソ野郎だ。
左翼的思想の戯曲家であるブレヒトを研究しながらも、中島本人は体制に媚(こ)びるような信頼できぬ類のニンゲンで情けない。
村松泰子自身もフェミニズム研究者だといいながら女性留学生がセクハラを受けているのを見逃そうとしたのだから、中島もブレヒト研究者にはあるまじき権力追随の密告に奔っても不思議はないのかも。
村松執行部時代には藤井健志という「食わせ物」が理事としていたのだから、人間の皮をかぶった「人でなし」には事欠かないものだ。
昔の藤井は会議では些末なことに至るまで〈弱者の立場〉で発言していたように記憶するが、村松を担ぎ出して執行部に納まったとたんに〈強者の立場〉で言動するようになったので、藤井を通り越して人類の尊厳まで疑ったものだ。
藤井がカネに細かいことを言っていたのを一度ならず耳にしたことがあったが、カネと権力に弱いのがゲスだとすれば、中島も含めてゲスばかりで厭世観に囚われそうだ。
この間ベンゾーさん(石井正己教授)と呑んだら、珍しく深酔いして洩らしたのが「学長になりたい」という意味の言葉で驚いた。
だいたい管理職に納まると藤井や中島のように「ブル転」(ブルジョアに転じる=権力側に付く)して、人間としての尊厳を失いゲスに転じてしまうものだ。
(学大で就任を拒否した地位は代って就任した人のためにも言えないが)ボクが管理職のような地位に就くことを一貫して拒否してきたのは、ゲスに堕ちないためだということを記憶してもらいたい。
唯一昭和文学会の会務委員長を引き受けてしまったのは、締め切りが過ぎてから三島由紀夫の原稿を断るような不義理をして、三島本の編集者であり昭和文学会の代表幹事だった松本徹さんに請われて断れなかったためだ。
もう十数年も経っているのに、今年の年賀状でもボクのことを「歴史に残る委員長」と記してくれる当時の委員もいて、一段とテレてしまうヨ。


@ 今夜はBSの番組で興味深い歴史上の人物の特集が続いたので、それらを見ながら(片や「京都国宝浪漫」や「五木寛之の百時巡礼」を録画しながら)ブログを記した。
  島津久光上杉謙信・伊達正宗・榎本武揚と続いたのだからスゴイ日だ、あまり特集されることが無いメンバーだし、メチャ面白かった!
  もう本を読む気力も無いからまた呑んぢまうか(釣りから帰ったらコレばっかり)。