『すばる』3月号  井伏鱒二特集  野崎歓  堀江敏幸  大澤真幸の三島由紀夫論  若松英輔

『すばる』と言えば、ボク等ファミリーとしては数年前に新人賞を受賞した金城孝祐クンの次作を待ち続けているのだけれど、なかなか実現しないのは『すばる』編集者のセンスが金城クンに授賞した選考委員に及ばないのが原因らしい(受賞と授賞の使い分けに注意、被曝と被爆が異なるようにネ)。
その『すばる』が今どき井伏鱒二特集を組んだのは「生誕120年」を記念したということで、井伏には見向きもしなかった他の文芸誌とは異なるセンス(古臭い?)を表していたけれど、井伏ファンとしてはすぐにゲットしたのは執筆陣の選び方にセンスの良さを感じたからだ。
何よりも野崎歓堀江敏幸との長い対談が充実していて面白い。
野崎はサリンジャーライ麦畑でつかまえて」の名訳などで個人的にも評価している文章家で、ハルキの新訳などを読む気など起こらないくらいセンスの良い人。
この野崎さんが井伏論を連載していたのを忘れていたけれど、興味深いので単行本が出たらすぐにゲットしたいと思った。
堀江敏幸さんは学大の学会時に講演に来てくれた恩人であり、それを契機に手持ちの堀江作品を初めて読んだら独特のセンスの面白い人。
驚いたのは小説のみならず、生前の吉田秀和との対談までできてしまう音楽のセンスも持ち合わせたスゴイ人であること。
この2人が対談しているのだから、読ませないはずもない。
『シドク』に数本の井伏論を収録しているボクとしては、自説に重なる指摘も少なくないので驚くほどの見解が提出されているわけではないけれど、個性の強い2人の切り込み方に惹かれるまま退屈せずに読了したものだ。
その他さだまさしも含めて10本以上のエッセイが掲載されていて楽しみ。
井伏以外でも山城むつみという現代を代表する文芸批評家が長い評論を載せている(一目見たところではアイヌ関係らしい)。
他にも大澤真幸三島由紀夫論が連載されていて(知らんかった)、今号が最終回とのこと。
出だしだけ覗いただけだけれど、けっこう面白いので全体を読んでみたくなった。
大澤さんは以前、京都(浅子さんの花園大学だったかナ)で開催された坂口安吾研究会で公演を聴いたけれど、安吾に関してはシロウトらしくボクの質問には応えられないので機会を改めて、と逃げられてしまったことがある。
その後、安吾論がどうなったかは聞かないけれど、三島論は大澤さん自身でも手応えがあるのか面白そうなので、冒頭部を読み始めたところ。
若松英輔という人の小林秀雄論の書評で富岡幸一郎さんが褒めているけれど、ヨイショのし過ぎかな。
若松本は本屋で見かけて目次を読んだけれど、通り一遍のレベルで得るものは無かろうと感じたもの、その後マギー(大國真希)から若松本の感想を聞かれたけれど「読むほどの魅力を感じない」と応えておいた。
富岡さんの感想の方が面白く、小林論で唯一評価できるのは山本七平の本だと明言していたのは共感できた。
小林の研究者は誰も評価してないようだけれど、ボクは面白いと思って評価の言葉を一言記した記憶もある。
富岡さんの紹介によると、若松本は柳宗悦と小林の批評との結び付きを指摘しているそうだけれど、宗悦を上げるのは興味深いものの説得力は感じない。
若松氏は小林と井筒俊彦とを結び付けて論じている本も出したいて、富岡さんはそれにも言及・紹介しているけれど、自分の土俵に強引に小林を引きずりこんでいるだけのものだろう。
可もなく不可も無し、といった論考なのだろうけれど、佐藤公一の小林論のようなイカガワシさは感じさせない。
誠実に対象(小林秀雄)に向かう姿勢が好感を持たせるのかな。
後で気付いたのは、『すばる』には若松氏が須賀敦子論を連載していてその第16回が載っていたので覗いたら、遠藤周作との関連を紹介していた。
若松氏は決して切れ味で勝負する人ではないのでインパクトは弱いけれど、守備範囲の広さにはチョッと驚く。
今どき須賀敦子に注目して読み込んでいる姿勢は好感を持たせるし、須賀の誠実さに対照された遠藤の胡散臭さが自ずと伝わってくる紹介の仕方は笑えた(本人にはそうした意図は無いのだろうが)。