一件落着が2件   用意万端か用意周到か  (2・20)

昨日はあんなに痛かったヒザが、治療の甲斐あってほとんど支障がなくなった。

しかしこれがいつまで持つのか、来週も来いと言われているので、この種の症状にありがちないつ果てるともなく続くとしたらメンドーなこっちゃ。

むかし腕立て伏せをしじゅうやっていたら、首が痛くなったので2ケ所の病院に通ったけど、長期にわたりそうな雰囲気だったので共にまもなく通うのを止めた。

レントゲン撮られて分かったのは、首の軟骨が一部はみ出していたこと。

それならとテレビで見た強制的処置(木槌で打って引っ込める)を思い出しながら、自家の風呂場で(脚を伸ばせるタイプ)軟骨の辺りをグリグリ押し付ける毎日が功を奏して完治した。

でもヒザのレントゲン写真を見せられたけど、それらしい軟骨のはみだしは見当たらないのに軟骨の減少だと説明されたので、自分では手のつくしようがない。

当分は指示どおりに通うことにしよう、国分寺だから学大のみならず古書店(七七堂や古本「雲波」)に行く楽しみもあるし。

 

もう1件は、河添さんの小冊子の藤原行成、これは講演の時に話したとおりで公任の勘違いのようだ。

ボクが原典を見た判断だけでなく、他の人からの情報でもあるから確かだろう。

おそらく「紫」という同人誌に書いた時には、勘違いして不用意のまま行成と記してしまったものと思われる。

専門家が時に早まってする勘違いのまま書いてしまったのだろネ、忙しい人だから。

講演の時に、小冊子の該当箇所に触れながら話せば気付いたのだろうけど、有名な言葉だからそこだけは小冊子をスルーしてしまったのだろナ。

そもそも過去に書いたものを集めた小冊子の記述を再確認するほどの用意周到さなど、多忙でさすがに持てなかったためのミスなんだろネ。

 

用意周到といえば、パーティのスピーチで尿意に備えるよう助言した時に、「用意周到」か「用意万端」か迷ったけど(結局言わずにハショった)、「尿意万端」に止まらず「尿意満タン」までの活用形がある後者で良かったのだと、今さらながら己の用意周到さに満足している。