昭和文学会研究集会  10本の発表  

昨日はヒザの治療にステッキなしに行くほど状態が良かったけど、マッサージしてもらったら痛みがさらに引いてきて、きょうは自家の階段をフツーに降りることができたほど(上る方が痛みを感じないのはご存じだと思う)。

というわけで、心配してくれるメールをくれた人を始め、皆さんダイジョブです!

以下は昨夜、途中まで書いた記事を今日になって完成させたもの。

 

エリちゃんが谷川俊太郎論を送ってくれると言ってくれたのは、昨年の昭和文学会(於・法政大)だったけど、大井田会務委員長の下で前代未聞の10人もの発表者がいて驚いたものの、その中に知人が多かったのでとても楽しく聴けた。

学大修士日本女子大付属の教員・今藤クンの鏡花論は、以前ヒグラシで練習発表してもらったものなので(その後だいぶ発展したらしい)、別の教室のものを聴いた。

今藤クンは若い研究者が育たない鏡花論の将来を支えてくれそうな、期待できる人。

 

伊中悦子さんはボクが院生の頃の東女の院生で、小林秀雄研究を始めた故・吉田熙生(ひろお)先生直系のお弟子さんだった人。

その後は姿を消してしまったままだったので、終了後にお聞きしたら子育てに集中していたというよくあるパターン。

結婚を契機に研究から遠のいてしまう女性が多いようだし、 復帰後しても以前の輝き・鋭さを失ってしまいがちなので、伊中さんも國學院の院生としてタイヘンなご苦労をなさっておられるものと察している。

発表自体は現在の小林秀雄研究の停滞を破るものは秘めてなかったものの、過去に研究していた厚みや奥行きが聴衆に伝わるものだった。

いつもながら(空いていれば)一番後ろの席で発表を聴いていた隣りに、小林研究者の滝上さんがいたので質問するよう勧めたものの尻込みしてしまったため、会場が冷えないようにボクが質問させてもらった。

ブランクが原因のズレも多かったと感じたので、その修整も含めて小林研究の面白さが聴衆に伝わるような説明を求めた。

伊中さんの「その後」につながればイイな、という願いも込めたつもりもあったけど、終了後に「論文送ります」と言ってくれたもののまだ届かない。

キツイことを言う気は全くないし、他の若い院生に対するのと同様に、有効な助言ができるように努める気でいるのだけどナ。

それにしても若い世代に小林秀雄を研究する人が現れないのは残念、研究者以外では批評の名に値しない雑文が絶えないのにネ。

先に上げた佐藤公一氏のものは、研究にも位置付けできるものが無いし(過去の研究に接続するものが全く含まれない)、批評としての切れ味・面白さも皆無なのでただの《紙くず・ゴミ》でしかない。

 

渡部裕太クン(立教院の非常勤講師時代の受講生)は、こちらが無知に近い平林たい子についての発表だったけど、自分の勉強のためにテキストを法政院生の関口クンに用意してもらって読んでおいた。

全集でしか読めない作品だったので、せっかくの発表に対して質問が出ないまま気マズイ時間が流れたので、こりゃイカンと感じて思いつくままの質問をさせてもらった次第(立教の先生も2人見かたけど、自分の大学の院生に質問しにくいからネ)。

後でユウタ君が礼を言いに来てくれたので、思い付きながらの質問でも出して良かったヨ。

ユウタ君はボクが大好きな作家・梅崎春生の「蜆」という目立たない作品の論文を発表しているけど、スゴク刺戟されて勉強になった。

今回、平林作品の珍しい作品に着眼して面白さを引き出したセンスには、改めて感服。

 

大川武司クンも今藤クンと同じく学大修士

静岡で教員やっているものと思っていたら、辞めて状況して研究者を目差しているとのこと。

在学中からとても面白い(というか変な)学生で、学部時代はスポーツ科に属していながらも大学院は国語に進学した人、それだけに異質な考え方をするので刺戟的、今回の発表も例外ではなかった。

修論はこれもボクが無案内な宮沢賢治だったけれど、大川クンの取り上げた作品は未知だった「北守将軍と三人兄弟の医者」とかいう不思議な作品であり、背景には確か当時流行った(?)自称天皇の出現があったとか、初耳だったのでビックリしたのを覚えている。

今回の発表に取り上げられたのも横光利一柳田国男と並んで、ボクが強い関心を抱いている日野葦平で全集も持っているものの、それには収録されてない「天皇組合」という変な題の小説、ぜひ読んでみたいし・読んだら大川クンの発表も読み直したい。