【読む】松本和也『太平洋戦争開戦後の文学場』

 2ケ月ほど前までは服部徹也さんの漱石論に衝撃が続いていたけれど、先日記したように福岡弘彬さんの安吾「いづこへ」論を見つけてからは、ずっとその関連論文を漁っていたヨ。山根龍一さん(大学の後輩に実力ある安吾研究者がいる幸せ!)や五味淵典嗣さん等の論文ネ。昔から言い続けてきた安吾に専念できる嬉しさと手応えは、長生きもムダではなかったとしみじみ思っていたヨ。

 ところがそこに罪作りな本が介入してタイヘンだヨ。松本和也さんから上記の本(副題「思想戦/社会性/大東亜共栄圏」で神奈川大学出版会、3800円+税)を頂戴して、眠っていた別の関心が掻き立てられてワクワクしている。というのも昔から戦争と文学者との関わりに興味があり、殊に小林秀雄高見順井伏鱒二などの動向を知りたかったのだネ。「戦争×(と)文学」のシリーズ全20巻をはじめ種々の戦争文学集をたくさん具えてあるし、『文学報国会の時代』(吉野孝雄)や『大政翼賛会前後』(杉森久英)等々たくさんゲットしてボチボチ読んではいたのだけどネ。もちろん信頼する川村湊さんの『満州崩壊 『大東亜文学』と作家たち』その他も手許にあるヨ。学生時代に関心があった、「日本浪漫派」に対する関心は薄らいでいるのだけどネ。

 

 ともあれ松本本に一気に捕まれたのは、2部構成の第Ⅱ部が大東亜文学者大会に焦点が当てられていて、小林秀雄にも言及されていたからだ。小林秀雄の実生活には興味がなかったのだけど、戦争中の小林の活動(時に大陸において)は不明な部分が多く、大東亜文学者大会への関わりは大岡昇平の証言くらいしか知らなかったのだネ。ボクが無知なせいもあるけど、この大東亜文学者大会についてこれほど詳細に論じたものはないので、とても貴重な研究だと思ったネ。

 ご存知のとおり松本さんは太宰研究のトップランナーの1人で、太宰のテクスト分析に手腕を発揮するだけでなく、それ以前にない「文学場」の磁場の中で太宰を論じてボク等を刺激し続けてきたわけだ。前著『昭和10年代の文学場を考える』では太宰に限らず(ボクも強い関心を抱く)火野葦平などにも焦点を当てて、この時期の「文学場」を実に手際よく論述して見せたものだ。その感動は学会誌に素直に述べさせてもらったのを忘れない。続く『日中戦争開戦後の文学場』は知らなかったけど(というのはボケの記憶違いで学会誌の書評を読んでいたことが昨夜判明)、火野葦平を除くと尾崎士郎岡本かの子林芙美子などあまり関心のない作家が中心だったから印象に残らなかったようだ。今度の書からの刺激で、この『日中戦争開戦後の文学場』も昨夜すぐに注文してもらったヨ。

 松本さんの能力がスゴイのは、太平洋戦争開戦後の文学が取り締まりの強化に伴って文学性が薄らいでいくので(太宰を除けば)楽しい読書でなくなるのに、種々の記録や非文学的論文などを網羅的かつ緻密に読破していることだ。この人は社会科学の分野の研究でも成果を残す、優秀な脳を具えた人だと思ったネ。太宰や現代女性作家のテクストを、感性豊かに論述する才能がある一方で、「政治の季節」の論考を冷静に読み解く能力があるのだかとてもマネできない、脱帽するばかり! 安吾から離れるわけにはいかないので、しばらくは松本さんの諸本と並行して充実した読書が続きそうだ。

 皆さんにもおススメ!