【読む】三島由紀夫の問題  メイさんとの「論争」

このところメイさんとの「論争」が続いている(メイさんは論争は大げさだと言うけれど、カギ括弧を付けて本来の意味ではないのは前にも記したとおり)。以下の引用はメイさんがブログにアップしてもイイと言ってくれたので、そのやり取りを紹介しつつ問題の所在を知ってもらうことができるだろう。メイさんの知識と視野が広いだけに、議論が多岐にわたっているのでとても参考になると思う。

 ただしメイさんの「>」付きの言葉が先で、それに対して無印のボクの言葉があるので順序が逆なので注意してもらいたい。分かりやすくするために註を付したけど。


 

 
 
ボクの記憶では、(辺野古の)デモ隊に向かって大阪から派遣された警察官が土人呼ばわりしたけれど、松井(大阪知事か市長)が当然だとかばったというニュースだった。 
「土人」と言われた人が複数だったのかもしれない。 
 
『シドクⅡ』に収録されている「「金閣寺」への私的試み」は20代前半の論ながら、考え方はそれ以来変ってないように思う。 
三島が死んだ時から後付けで、14年前の昨品を解釈しているけれどネ。 
「金閣寺」の頃には三島は国や天皇などは重視してないネ、意識し始めたのはいつなのかは突き詰めて考えたことないけど。 
天皇を前景化してからは、周囲(のインテリ)が満足しきった(弛んだ)生き方をしているのに我慢できなくなってイライラしていたネ。 
もう1つは加齢の問題だネ、「成熟を拒否」した(弛んだまま生きていたくない)後は死に方(死期)を意識し始めたのだと思う。 
45歳の三島の首のシワを見た大江が、三島の老化を感じたと証言していたネ。 
もう限度だと思ったいたのだと思う、70年安保にからめて死ねれば丁度イイと考えたと思う。 
民主化・平和主義化された自衛隊の変質にも絶望していたと思う。 
 
 
---- may_さんは書きました: 
> 先生、ご返信ありがとうございました! 
> そして、ちょっと遡りますが…土人呼ばわりされていたのは、やはり、目取真俊氏でした!逆に、目取真さんだったからこそ、拡散されたのかもしれませんね。 
> 
> そして、先生の「金閣寺」への私的試み、面白く読ませていただきました。先生のおっしゃりたいことがわかりました。金閣寺と重ねると、三島のアイデンティティの問題が
読み解けるのですね…自衛隊のことも、アイデンティティ繋がりだときれいに収まりますね。 
> ただ、「金閣寺」(昭和31年)から死までの14年間という長い時間の方を、先生はどう解釈されているのか、うかがいたいです。 
> なぜなら、三島が戦後社会を受け入れた(と、まだ見せかけることができた?)金閣寺の時期と、あの死の時期の三島では、だいぶ違うのではないかと思います。特に昭和4
0年からの三島さんの行動が興味深いです。「実は十数年間さらに磨きをかけた小刀」の裏の事情は、どのように考えていらっしゃいますか。 
> 
> また、三島に〈政治〉の視点が欠けていた、〈政治〉の視点があったら、自衛隊員をオルグしてるはずだという先生のご意見ですが、おそらく三島はオルグなどという非効率
的で旧式でアナログ的なことはやらないのではないかと思いました。(私はやりますが!) 
 
@ それこそ三島における〈政治の欠落〉だと思うヨ。 
  政治は他者が相手だから手がかかる(メンドクサイ)ものだ、三島の不得意とするところだネ。 
 
> ちょっと調べたら、三島は、当時の防衛庁事務次官をはじめ、政治の中枢に近い大物への接触をしていたとあったので、根っこのところを押さえるべくロビー活動をしていたの
ではないかなと思いました。オルグよりも合理的ですね。そして、やはり、「個人的なことは政治的なこと」であると、今のところは感じています。 
 
@ いろいろ手さぐりはしたけれど、しょせん民主国家の自衛隊でしかないと絶望したのだろナ。 
  美化した2・26事件の将校たちが生きた時代の再現、という錯覚に気づいた瞬間があったとおもうネ。 
 
> 三島の身体(直腸)から(たぶん共に割腹自殺した森田必勝の)精液が出たというのは三好先生が聞いたのですか。にしても、それは本当だとしたら、解剖医側が守秘義務を破っていることにはならないでしょうか。倫理的
にありえないような気がします。ネットでは、小腸が50センチも飛び出た見事な切腹、とあったので、それは公表されたんだなと思いましたが、個人のセクシュアリティに関わ
りそうなことは口外してはいけないのではないかと思いました。そういえば、私の身内も医療関係者ですが、守秘義務は絶対だから、芸能人が入院したときなんかは、言いたいけ
ど言えない!と言ってました^_^ 
> まあ、人が通常とはだいぶ違う逝き方をすると、ゴシップ飛ぶのかな、とは思います。(虐殺された多喜二が留置場で死ぬ前に「日本共産党万歳!」と叫んだというガセネタと同様) 
 
@ 長谷川泉という研究者が、医学書林の社長でもあったということが通じなかったようだネ。 
  医学関係の人だから解剖医(?)から漏れたのだろネ、三好師はボクらに箝口令を敷いたわけではないから、長谷川さんからの情報を気軽に(酒席だったけど)ボク等に洩ら
してしまったのかも。 
  文春が40人ほどのスタッフで芸能界・政界のゴシップを集めまくっているのだから、しょせん人間は黙っていられないのだネ。 
 
> あ、先生、このメールは、特にデリケートでもない?ので、もしブログにお使いになるようでしたら、大丈夫です^_^ので、どうぞお使いください♪ 
> 
> めい 
 
@ 三好師の名前が出てくるので、使えないネ。 (アップしないつもりだけど、「論争」に時間がかかって他の記事を書く余裕もないので、ガセネタかもしれない話題を載せた次第。)

 

 メイさんが有り難いのは、指示した『シドクⅡ』の「金閣寺」論と太宰の「如是我聞」論をキチンと読んでから反論してくれるので、生産的な議論ができること。前々回のヒグラシゼミには法政大院生の杉本クンが参加してくれたけど、終ってから最初の『シドク』を神田で買ったものを見せてくれながら、ボクが手書きで書いた出版の趣旨のコピーも入っていたと見せてくれた。全く読まずに古書店に売った人がいたということだネ、淋しいながら仕方ないネ。今度の『シドク』にはそのようなコピーを入れてないから、記念会で買ったものを古書店に売ってもバレないだろうけど、ハイレベルの内容が全然伝わらないのも残念極まるネ。