【読む】大橋毅彦他の金子光晴『どくろ杯』注釈と論文

 著書の紹介が続くけど、読書の秋には出版物が多いのでいただく本も多くなる。定年退職後10年以上経つのにボクのことを忘れずに贈ってくださるのはありがたい限り!

 大橋毅彦・竹松良明・趙イ・宮崎真素美『金子光晴『どくろ杯』を旅する人へ』

  (琥珀書房、3200円プラス税)

 金子光晴は個人的に好きで画期的詩集『鮫』はじめ授業でも度々取り上げたけれど、金子の詩の注釈は少ないのでこの類の書が早くから出版されて欲しかったネ。しかし『どくろ杯』は取り上げた記憶がないと思っていたらそれも当然で、詩集ではなく自伝だったヨ。自伝なら手許の中公文庫から授業中に補足として読み上げたかもしれないネ。金子の詩は文学的な水準が高いし、自伝は『どくろ杯』はじめ『ねむれ巴里』『西ひがし』等々中公文庫になっていて実に興味深くて度々笑えるからネ。

 受け取ってすぐに開いたページの項目「ユウタップ(作品では漢字)とその若い妻」を読み始めたら、生真面目そうなユウの女狂いぶりを初めて知り細かい注釈ぶりに感謝したヨ。授業に使っていた頃から注釈なしで読んでいたけど、注釈付きで読むと面白さが倍増するネ。ヒッキー先生も面白がっていたから皆さんも読んで笑うとイイ。できればその上で『鮫』はじめ『女たちへのエレジー』『落下傘』などの詩集と出会ってもらいたいネ。

 例えば『鮫』収録の「紋」の日本的心性批判や「おつとせい」の俗衆批判の鋭いこと、スゴイよ!

 (文庫は知らないけど、現代詩文庫(思潮社)の『金子光晴詩集』が安価で充実しているヨ。)

【読む】多田蔵人の島尾敏雄「死の棘」論

 これも少し遅ればせになってしまったけれど(少し読んだままツンドクにまぎれていた)、学大で非常勤講師としての多田蔵人先生(川上知里先生の夫)の授業を受けた人もいると思うので特におススメしておきたい。多田先生には既に高く評価された永井荷風論(東京大学出版会)の著書があるので、島尾論を贈られ意外で驚いたネ。「あとがき」によれば鹿児島大学在職中から十数年も島尾を追いかけてきた成果だというけれど、荷風と島尾では違い過ぎるからネ。若い人には馴染みが薄いだろうけど、島尾ファンは昔からけっこういるもののクロード(蔵人)さんまでもそうだったか、という感じだネ。

 島尾といえば「死の棘」というイメージは吉本隆明が定着させたのだと受け止めているけれど、個人的にはリュウメイの思い込みだと理解しているので私小説の典型のような「死の棘」は挫折したまま読み切れていない。にもかかわらず多田さんが「死の棘」にこだわっているのは、 

 《島尾敏雄を取りまいていた時間とその周囲にあった戦後文学の流れを復元してみることがこの本のねらいである。》と宣言しているとおり、大江健三郎「死者の奢り」や大岡昇平「俘虜記」からサルトルやフォークナーの作品などにも言及しつつ広い視野から「死の棘」を論じているのでまったく飽きない(当初は吉本はじめとする「死の棘」論には飽きていたけれどネ)。それどころかどのページを読んでも新しい見方に刺激されるので、本を閉じることなく読み続けてしまう。改めて「死の棘」自体をシッカリ読み直そうという気にまでなったヨ。これで1500円(税別、平凡社)とは安すぎる!

 

 卒論から島尾敏雄研究に取り組み、生前の島尾自身にもインタビューもしたという貴重な存在であるナオさんに早速クロードの本を紹介したところ、初めて紹介された資料を含みつつとても参考になる著書だという評価が伝えられたヨ。正確な著書名を記してなかった。

 「ある夫婦の声 島尾敏雄『死の棘』と戦後文学の時間」だヨ。

【状況への失言】「させていただく」という言い方は気持悪い!

 先日ツンドクのままの東京新聞から日曜版を取り出したら、「ひもとく」の欄に「させていただく」という表題で《言葉から人間関係の変化を理解》する試みの著書が紹介されていた。

 『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』(椎名美智、角川書店)

 3年以上(?)ほど前からこの「させていただく」という言い方が気になり始め、「また間違った表現がまかり通るようになっている」と落ち着かない気持になっていた。言葉の専門家であるケン爺(宮腰賢先生)へのメールにその気持を記したら、「イッチャン(ボクの呼称)もそれが気になっていましたか」というフツーの反応だった。まだ入院前のお元気だった頃なのに、世間の誤った言い回しに腹を立てるでもなく平常な受け止め方だったので意外だった。ケン爺だったら、ボクと同じように許しがたいと怒っているのかと察していたからネ。

 それにしてもボクが知らないうちにこの表現が世間でも問題視され、単行本までが出ていたとは! 個人的には五段活用に付くものと、それ以外の活用に付く場合の付属語が活用に差異なく付けてしまうという混乱なのかと考えていたら、椎名氏の著書によると《敬語が、相手への敬意より自分の丁寧さを示す表現へと変化している》現象だそうだ。

 《「させていただく」は「させる」(許可)と、「もらう」(恩恵)の敬語形「いただく」からなる。一九九〇年代にブレークし、(略)聞き手が許可や恩恵の相手でなくても使われるようになった。》(新聞記事)

 記事にではブームの理由が分析されているけれど、《「最近よく聞くなあ」という私たちの違和感をみごとに説明してくれう本書》とのこと。ボクとしてはイマイチ納得できないので、「違和感」の強度が増す一方の言い回しだヨ。

【読む】千田洋幸『国語教師の«単独性»はどこにあるのか』

 紹介が遅くなったけど、学大が誇る千田洋幸先生が際立った新著を出版している(渓水社、2200円+税)。既に数多くの国語教育と近代文学の著書で各界を刺激している先生だけど、今度の国語教育のものは表題の「単独性」からして挑発的で、ボク個人としては今までの著書以上に共感を覚えている。頂戴してすぐに

 「Ⅰ 子供中心主義を棄てる」

 「Ⅸ 誤読の有用性について」

を読破してしまったほど。特に「Ⅰ」章は定時制高校教員時代から、文科省をはじめとする「子供中心主義」は《教育》を放棄するものと考えて大反対だったボクとしては、心底から共感を抑えることができなかったネ。「Ⅸ」はいかにも文学研究者としての千田先生らしいセンスが現れていて、《読み》の根本を伝えてくれる。

 おススメ、などとノンキなことを言っていられない、読め!!!

【釣り部】(補遺)カネシローがマツタケを  陽を浴びるとヘルペスが

 記録しておかなければ申し訳ないので遅ればせながら・・・宿の夕食の際に、アジの開きを焼くための小型コンロ(?)が配布されていた時に、カネシローが地元の近所のスーパー(?)で買ったとかいうマツタケ2本も焼いたのだネ。むかしマツタケ先生と呼ばれていた樫原修さん(広島大学)がたくさん送ってくれたマツタケを北見宿で焼いて食べた時は、申し訳ないくらい宿の部屋に香りが充満したものだけれど今回はまったく香りがなかったネ。おまけに8人で分けた2本のマツタケでは味わう方も不十分で、食べた気もしなかったネ。

 ついでながら釣り部がらみで1ツ。2日続きで文句ないほどの好天だったので、ボクは唇に陽が当たらないように注意したけれど、残念ながら家に戻ってからは上唇の先端部分が痛い。子供の頃からの傾向なのだけれど、原因は40代前半で血液のガンで入院した際に主治医に教えてもらったのは、唇の周りにウィルスが潜伏していて紫外線が当たるとヘルペスができるとのこと。それ以来顔に陽ざしが当たらないように気をつけているのだけれど、さすがに今回の陽ざしは避けきれずにヘルペスができてしまった。ボク以外にも陽を浴びるとヘルペスができる人がいたら、できるだけ陽ざしを避けるよう注意を促しておきたい。

【近況】多摩動物園(の入口)に行った  久しぶりに脚のケイレン  漢方薬「芍薬甘草湯」が特効薬!

 昨日は師匠の奥様「三好文子を不良オバサンにする会」で多摩動物園に行ってきた。とはいえボクは動物園の入口までは行ったものの、入れず1種の動物も見ずに終ったのだけどネ。動物園行きは師匠の息子(ワカ)の希望だったのだけど、動物園のせいで参加しなかった仲間もいたかも。トシのせいか病院通いの女性お2人が1人は完全に参加できず、もう1人のオスギさんは夜の呑み部からの参加となった。

 ボクは夜の部に備えた昼寝を寝過ごし、慌てて幹事のエロシの指示どおりに立川からモノレールに乗って6ケ目の駅で降りたのだけど、それが終点で動物園駅ではなかった。駅で案内を見たらどうやら反対方向の電車に乗ってしまったのが判り、急ぎ反転して南に向かった。動物園の駅に着いたら閉園していて入れず、出口の所で奥様たちが出てくるのを待ったものの虚しかった。後で聞いたら園内は坂道が多く、バスも限られていたので奥様の脚を考えて半分も見ないまま退園したとのこと。電話しようと門番の人に公衆電話を聞いたら園内50m先にあるというので行こうとしたら、閉園後なので入れないと言う、クソッ!

 仕方なく夜の部の立川の中華店「東方虹」に行ったら既に皆さんがいたものの、幹事のエロシが見当たらない。聞けばボクからの連絡がないのでエロシはボクが集まりのことを忘れていて、国立の自家にいるものと察して迎えに行ったとのこと。呆れたけれど、午前中ボクがエロシに「遅れて行く」旨のメールをしたものの、世界的なPHP(?)の不具合のせいでメールが読めてなかったとのこと。おまけにボクの家の電話番号がスマホの記録に見当たらなかったので直接出向いたそうながら、途中でワカからの連絡で戻ったためジャミラに会わずに済んで何より。

 ボクのモノレールのカン違いによる遅れ、エロシのスマホの重なる事故などチョンボ続きを皆さんで笑い飛ばしながらの酒盛りとなった。「東方紅」はそもそも昨年の花見の帰りに奥様ともども見つけた美味店。今回初のオスギさんが「美味い!」の連発(今日いただいたメールでも感動を伝えてきた)していたけれど、ボクは卒業生などと複数回食べに行っているのでオスギさんの感激ぶりがよく分かったヨ。それにしても飲食を含めて奥様のお元気ぶりが心地良く、安心したヨ。

 

 全体でもそれほど呑まなかったけれど、今朝目覚めたら2・3年ぶりに左脚がツッていて痛い。そのうちに右脚もツり始めて家内ながら歩くのも困難なほど。幸い以前宇大卒のヒロミちゃんからツッた時の特効薬である漢方の「芍薬甘草湯」を教えてもらっているので(山田有策先生にも教えて喜ばれた)、急ぎ一服したら左脚は治まった。でも間もなく右脚の痛みが強くなったのでもう一服して何とかホッとしたものの、家の中でも脚を引きずるように歩いていたヨ。原因は不明ながら、日ごろケイレン対策として飲んでいる(粉末)ポカリスエットが飲み足らなかったのかとも思い、遅ればせながら多めに飲んでいるところ。体内のカリウムが不足するとケイレンしやすいそうだからネ。

 

 

【読む】疋田雅昭『文学理論入門』  松本和也『テクスト分析入門』  ひつじ書房『未発』  松本和也編著『錦箋』

 既にブログで紹介した優れた著書2冊だけれど、いつも送ってくれるひつじ書房の新刊案内誌にこの2書も載っていたので、自分の本棚に並んでいない人に改めておススメしておきたい。『未発』には他に石川巧編『文学研究の扉をひらく』などの良書もそろって紹介されているので、(大き目の)本屋で『未発』をもらってチェックしてもらいたい。近代文学研究のトップランナーのお2人の著書をツンドクのままの人がいたら、「宝の持ち腐れ」でモッタイナイからすぐにでも読み始めることだネ。

 

 学会誌『昭和文学研究』第93集(2026年9月)を遅ればせながらチェックしていたら、「新刊紹介」に松本和也編著『錦箋』が載っていた。紹介を読んだら松本さん以外にナッキー(山田夏樹)のマンガ論や吉田恵理の中原中也論なども収録されている興味深い本だけど、松本さんが論じているのが火野葦平論と記しているのでハッとしたヨ。松本さんは(昔の太宰論以来ずっと)ボクの関心に重なっている研究対象を、遥かに緻密に研究してくれているのでいつも勉強させてもらっている。

 火野葦平もその1人だから本を贈られれば読まないはずがないので自家を探してみたら、ツンドクの中に『錦箋』を発見して開いたら既に10ページほど読んだまま放置してあった。ボケ始めてからはよくあることで、目前に取り組んでいるものをチョッと脇に置くとそのまま忘れてしまうのだネ。あわてて先ほど読み返し始めたけど、ボケのお蔭で1ページ目から初めて読む新鮮さを感じるのは「ケガの功名」の類だネ(笑)。

 吉田さんは埼玉大の卒論以来、立大院でも中也研究で研鑽を重ねてヒッキー先生の中也研究とは異なる切れ味で読ませる優秀な人。本書は故・石崎等さんの秀逸な門下生5名が論文を書き下ろしたもの。ボクが非常勤で通った時の受講生だった住友直子さんの埴谷雄高論も収録されているけれど、埴谷にまったく無知なボクには残念ながら読みこなせない。ナッキーが載せている藤子不二雄論はさらに読む資格がないけどネ。

 ハイレベルの論文5本が収録されている『錦箋』は何と税込みで1100円! それが安価に入手できるのだから買わない手はない。発行はパブリック・ブレイン。