ゴミ出し  雑誌処分

わが国立市では、9月からゴミ出しが有料になるというので、ジャミラが引っ越してきて以来10数年分のゴミ(ジャミラの主観では使わないだけでゴミではない)を整理している。
深夜の今もわさわさと働いている姿は見ものだヨ、物を整理することができないタチだから自分の部屋(これがジャミラの名の由来となったゴミ屋敷→田口ランディ「富士山」参照)だけでなく、納戸も足の踏みどころも無い状態なので、一番奥にある洋ダンスに衣類を取りにいくのが一苦労だった所まで片付けようとしている。
孫や嫁などが遊びに来ると、見せたくないので「開かずの間」になる2つの部屋から山のようなゴミが顔見世しているため、新鮮な物が出てくるののけっこうオモシロい。
使わない物を保持しているのが嫌いなイチローとしては、この10数年間ジャミラに「片付けろ」とか「不要なものは捨てろ」とか(もちろんそんな強い言葉ではなく)言い続けてきたけれど、イチローの言葉はハナから聞き入れないジャミラのことだから、小はレシートから大は布団大の折りたたみマットまで手品のように「出てくるわ、出てくるわ」。(小野十三郎のフレーズだったかナ、中也じゃないよネ)
凡人の常として(ジャミラは特に)、自分がやり出すとやってない他人が気にさわるようで、イチローの段ボール(9月から高価なゴミ袋が必要になるそうで)もできるだけ今月中に捨てろと言う。
仕方がないので車庫スペースに置いてあった雑誌の入った段ボールを捨てることにしたのはいいけど、「海」「海燕」「季刊文藝」といった今では貴重な雑誌をそのままにしてはおけないので、この際だから捨てる方針にした。
それにしてもこの頃の文芸誌は充実していたものだと感心するネ、「キッチン」の載った初出誌「海燕」もあったけど捨てたヨ。
1冊全体が価値ある内容のものはそのまま家内に保存することにして、あとは自他に必要な箇所を切り取ってから捨てることにした次第。
それでも3箱ほどの雑誌をチェックするのも、けっこう時間と労力が要るものだネ、ブログの更新をする余裕もなかったナ。
自分の分はともあれ○○用の、「海燕」に連載されていた菅野昭正さんの横光論など、数年分あるからヤリガイがあったヨ。
○○以外にも上げる切り抜きがあるので、楽しみにしておくれ。