猪野はるか「夏目漱石『猫の墓』論」 東京女子大学の研究水準  近藤裕子ハカセ

自分の生涯最後の本の原稿が仕上がったので、溜まっているたくさんの受贈雑誌や著書をボチボチ拝読し始めているのだけど、いま読み終わるところまできているのは手近にあった東女の『日本文学』(第110号)掲載の猪野はるか「夏目漱石『猫の墓』論」でけっこう面白い。はるかさんは多分ヒグラシゼミでリョーコちゃん(野澤涼子)  が発表した時に参加してくれて知り合った人らしいのだけど、顔も覚えてないのでトシはとりたくないものと情けないばかり。

それでもはるかさんの方はボクが彼女の漱石論なら読みたいと言ったのを覚えていてくれて、この雑誌を送ってくれたので拝読した次第。編集し終えたばかりの『シドクⅡ 太宰・安吾に檀・三島』(鼎書房)には、「太宰文学の特質 志賀文学」という論も収録されたいて、そこで作家(語り手)が動物(太宰の「畜犬談」と志賀の「城崎にて」)への《同一化》指向を論じていたので、漱石の猫への《同一化》を論じるはるかさんの論がとても興味深かった(「太宰文学の特質」は去年までの「はてなダイアリー」の関谷ゼミブログに転載している)。

《同一化》の連鎖はあくまでもボクの関心に沿った言い方だけど、はるか論に限らず引用されている先輩の島本彩さんの「文鳥」論にも、近藤(裕子)ハカセの《臨床文学論》がシッカリ消化された上で援用されていて説得的だネ。東女は昔はボクも研究していた小林秀雄論の基礎固めをした吉田熙生(ひろお)さんの頃から今の「何でも屋」の大久保喬樹さんまで、あまり研究者が育たなかったけれど、近藤ハカセになってからは《臨床文学論》をマスターした研究者が次々と育っている印象でとても嬉しい(ハカセは学大博士課程出身だし)。

吉田先生門下では、遅ればせながら伊中悦子さんが研究復帰して國學院大學でガンバッていて心強いけど、あとの東女出の人は研究者の名に価する存在は聞かないナ。ハカセが学大で臨床心理学の専門的な研鑽を積んだような、地道な勉強をする人が出ないのかな? ともあれはるか論のような、テクストを丁寧に読みこむ研究が『東京女子大学 日本文學』を充実させ続けてもらいたいものだ。