【読む】漱石の三角関係  石崎等の漱石論『有る程の菊』

 漱石の三角関係というと、江藤淳の嫂(あによめ)登勢(とせ)説の方が知られているだろうけど、説得力があるのは女性作家・大塚楠緒子(作家名としてはナオコながら戸籍名はクスオコとのこと)の方だと知ったのは、院生時代に小坂晋という研究者の漱石論を読んだからだ。その後この問題がどう論じられているのか知らないけど、双方の論拠を知ってしまえば関心が失せてしまった。そもそも作家の実生活にはあまり興味がないので、その後の展開を知ろうとも思わなかった。でも石崎等さんの新刊『有るほどの菊 夏目漱石と大塚楠緒子』(未知谷)を頂戴したら、放っておくわけにはいかなくなった。石崎さんといえば漱石の専門家であり、中でも『漱石の方法』はご自分でも「売れた」と自慢していたものだし、表題のとおり多くの漱石論の中では独自の切り口を提示して読ませる論だ。「方法」であって実生活に焦点を当てたものではなかった石崎さんが、まさかこの手の本を出すとは驚きだ。「有る程の菊(投げ入れよ棺の中)」というのは、楠緒子が亡くなった時に漱石が手向けた句、けっこう有名じゃないかな。

 後書きにある通り、立教大の定年退職記念講演(ボクも拝聴)のテーマだったもので、実は在職中から抱いていたものだったそうだ。鋭い作品分析をする人が、作家(漱石のみならず楠緒子)の実生活をどう《読む》のかと思えば、目の前の本を放っておけなくなるというもの。それも400ページを超える分量で論じているのだから、漱石の三角関係問題に決着を付ける書ということになるだろネ。小坂さんの本が入手しずらいだろうから、大塚説を満喫するには絶好の書だネ。

 6000円+税金という価格だから、買うべしとは言いにくいので、大学や地元の図書館に備えてもらって、読むべし!