【読む】神田由美子『文学の東京 記憶と幻影の迷宮』(鼎書房)

 神田さんが上記の著書(鼎書房、2800円+税)を贈ってくれた。故・三好行雄師が日本女子大に非常勤講師に行っていた頃に師事したとのことで、共通する師を偲ぶ墓参でも5月にお会いしている。その時のブログ記事にもお名前が出てきたような気もする。神田さんの守備範囲が主に龍之介なので、あまり龍之介になじまないボクとしては論文を拝読した覚えはない。しかし今度のご著書は鴎外・漱石から始まって荷風・川端・太宰・三島等々の作品が論じられているので、読み甲斐がありそうだ。

 とはいえかつて聞いた覚えがありそうな副題(前田愛とか川本三郎?)なので新味に欠けるかもと心配したものの、重複しているのが多くないだけでなくボクが未読の作品も多いのでダイジョブそうだ。新しいところではハルキのみならず又吉直樹や、ボクは名前を聞いたことがある程度の柴崎友香まで取り上げられている。そろそろ山根龍一さんの著書に戻ろうと思っていた矢先ながら、神田本の太宰「花火」論を覗いてみることにした。

 太宰論はもう読みたくないと思っていたものの、先般学大修士の太宰研究者・北川秀人さんが「花火」論などを送ってくれたのを機に、それ等の作品と北川論を読んだからだ。

 「境界としての井の頭公園――太宰治「花火」「ヴィヨンの妻」と又吉直樹「火花」

 という表題で「花火」に限定せずに、井の頭公園つながりで「ヴィヨンの妻」までカヴァーしている。《境界》の概念規定に少々違和感を持ったものの、通過すると質的転換が起きる場と受け止めれば納得できる論理展開だ。「花火」と「ヴィヨンの妻」が想定以上に上手く相関させてくくられているので感心したネ。

 

 「はじめに」によれば神田さんは龍之介と同じく隅田河畔が故郷とのことで、東京大空襲の際に祖母と叔父を亡くしたという記述があり、その5ケ月後に前橋の空襲で幼かった叔父(5才)を殺されたボクとしては、神田さんの《「失われ続けた」〈東京〉》という言葉に込められた思いが身に沁みた。

 

 第一部が「文学の東京空間」と題されて全16章、第二部が「近代の文学空間」で全6章という構成で『シドクⅡ』と同じく小粒の本ながら内容がタップリ詰まっている。だから取り上げられている作品から作品なものに限って羅列しておきたい(大まかに古い順)。作者が浮かばない人は文学史について非常識だと自覚し、調べた上で覚えておくべし!

 「浮雲」「外科室」「不如帰」「雁」「美しき町」「歯車」「檸檬」「美しい村」「濹東奇譚」「細雪」「灰色の月」、その他川端の「虹」や乱歩の「押絵と旅する男」も論じられている。

 ボクの『シドクⅡ』を出してくれた鼎書房の本だから、自分で買うなり勤務校や地元の図書館に推薦して販売に協力しておくれ!