【読む】十重田裕一『川端康成 孤独を駆ける』  岩波新書らしい達成度

 川端康成論はむかし専門家から研究の水準が全体的に低いと言われて納得していたけれど、確かにすぐに想起される論文が浮かんでこない。ハカセ(近藤裕子さん)が学大の博士課程に入学した後、お手並み拝見のような気持で「雪国」論を拝読したことがあったけど、いかにも緻密な読みに基づいた作品論だったので感心したのは覚えている。「雪国」論といえばヒグラシゼミでドラちゃん(高田知波さん)に講演を頼んだら「雪国」について話してくれた時も、いかにも高田さんらしい先行研究とは異なる視点でのアプローチに感じ入ったこともある。その際にカッちゃん(勝原晴希)にも優れた「雪国」論があるのを知ったけど、川端の専門家であるハカセは別にしてそれ以外の研究者の方が結果を出しているような感じだネ。

 川端論で一番衝撃的だったのは立教大学院に非常勤講師として行った時、イクオちゃん(新城郁夫さん)の修士論文を借りて拝読した時だったナ。傑出した「禽獣」論がきっかけで読ませてもらったものと思うけど、ボク自身が不案内だった1930年代前半の作品についての論考が作品ともども殊のほか面白かった論考だったネ。院を修了した後のイクオちゃんは、井伏の作品論でも目からウロコの論文でボクを驚かしてくれたものだった。しかし出身県の琉球大学に就職してからは沖縄文学に身を入れざるをえなくなり、川端や井伏には見向きもしなくなってしまったのは残念な限り!

 

 十重田裕一さんといえば優れた横光利一論者の一人として知らない人はいないだろうけど、川端で新書をまとめるほど詳しいとは知らなかったネ(1060円+税)。目次を見たら副題の「孤独」はじめ全5章にわたって実にそつなく川端文学が網羅的かつ啓蒙的に解説されているので、「この1冊で川端文学が解る」と太鼓判を押せる印象だ。あえて不満を付せば、初期から1930年代まで伏流している異世界への感覚や超常現象との交流が無視されているところかな(今さらなので通読はおろか拾い読みしかしていないため、見落とししているかも)。コラム欄に「弓浦市」の名があったので読んでみたら、まったく異世界に対する感覚には触れていないのでとても残念だったネ。

 それでもこれだけレベルの高い完成度で高名な作家について解説し得ているのは、著者が作家とその文学について習熟し尽くしているからこそで、安心しておススメできる新書になっている。岩波新書といえば可もなく不可もないというイメージなので、その点からも近著の中島国彦さんの鴎外本同様に満点に近い達成となっていると思う。ボクなら内心「よく分かる小林秀雄」なる表題で網羅的よりも一点突破的なものをねらうけれど、それは行儀の良い岩波(新書)とは縁遠いイメージなので細谷博さんの手腕に任せるしかないネ。その点では岩波新書がかつて細谷さんに太宰を振ったのは、編集部が作家も書き手も人選を誤った気が今でもしてるヨ。

 中島さんの鴎外論と同じく、長く読まれる岩波新書として「一家に一冊」備えるべき書としておススメします。