『文学理論のプラクティス』  『アイロンをかける青年』

川上弘美「神様」論を書くために、今や近代文学研究のトップランナーの1人と言える松本和也の『川上弘美を読む』(水声社)を読んでいたら、『文学理論のプラクティス』(新曜社)に長めの川上論が載っていることを教えられた。
同社出版の『現代文学理論』は学生に勧める理論書のトップレベルのものだけれど、一時流行った『読むための理論』(世織書房)の信用のおけないイイカゲンなゴマカシだらけの食わせ物とは真逆で正攻法の理論書だ。
後者については、饗庭孝男さんが「外国語も分からんヤツ等が何を出しとるのか!」と息巻いていたのを思い出す。
それに比べると水声社の2冊は外国語が分かる人たちが書いているので信用がおけるし、紙幅に余裕を持った正面からの説明の仕方で分かりやすい(レベルは高いが)。
だから『プラクティス』の方も出てすぐに購入したけれどそのままだったものを、松本氏のお蔭で読む機会を得てビックリ!
共著者の1人である青柳悦子という人が、25ページ使って堂々たる川上論を展開していて教えられる。
川上のテクストをよく読み込んでいて、論のレベルが極めて高く説得される。
「自己と他者の融解」というような、ボクの追ってきたテーマに重なる切り口のせいもあるかもしれないけれど、とにかく面白い。
もう1人の共著者である土田知則という人が前書きを記しているのだが、2冊の関係を《「理論」とは「実践」に対して適用される普遍的、絶対的な基準・公準のようなものであってはならない。》云々というのを読むと、よほど分かっている人たちが書いている優れた本だというのが伝わって来る。
この2人がクンデラやルソーやプルースト、日本の作家では金井美恵子やハルキや多和田葉子等々を論じているのだから読むのが楽しみ!
おススメします。
川上論では青柳氏の論には触れ得なかったけれど、千石英世氏の『異性文学論』(ミネルヴァ書房)があまりに面白かったので引用した。
千石英世という優れた批評家を発見した喜びで、買ったまま放置してあった『アイロンをかける青年 村上春樹アメリカ』(彩流社)を取り出して読み始めたところ。
ハルキ論は誰でも書けるのだから、と言って学生には卒論の対象にしないように言い続けてきたものの、千石氏のレベルのハルキ論は少ないのではなかろうか、たぶん。
最初の章を読んでいるところだけれど、論の展開が細かすぎて食傷気味にはなるものの、千石氏がただの批評家ではなくメルヴィルはじめ英文学の研究者であることの証左だと思えば、細やかな論理に信用がおけるとも言える。
小島信夫論で群像新人賞を獲った人だと知ったが、そう言えば小島信夫論の本が出てたナと思い出した。
先般小島信夫修論を書いたキッド(木戸クン)は、千石さんの本について何もコメントしていなかったけど、今度会ったら彼の評価を聞いてみたい。
小島信夫の本も人並み以上に集めたけれど、キッドがいなくなったら読む機会を失っているので、今後のお楽しみにしよう。