【読む】大橋毅彦『神戸文芸文化の航路』には圧倒される

 大橋毅彦さんといえば、むやみと上海に詳しい人というイメージが強いけれど、本書は地元の神戸を舞台にした副題の「画と文から辿る港街のひろがり」を論じた興味深い研究書だ。琥珀書房から2800円+税というのだから安価なのは、関西学院大学からの助成金のお蔭かな。「画と文」だけに限らず目次を見たらマン・レイコクトーなどの名前が出てくるのみならず、バレエやら朝比奈隆まで並んでいるので大橋さんの守備範囲に圧倒される思いだ。朝比奈隆といえば日本のブルックナー演奏を支え続けた指揮者で、その道のファンからすれば神様のような御仁で、ボクも何曲か録音・録画してあるヨ。

 テーマが狭い時空間に限られている印象のとおり、無名あるいはそれに近い名前が取り上げられている中に、有名どころでは小田実陳舜臣の名があるのは極端な対照で苦笑が洩れる。個人的にはこの小田実についての論に関心があるが、詩の研究者には必読の文献なのでおススメ! 「あとがきに代えての雑信」を読んでいたらむかし愛読した木原孝一が、日中戦争下の中国に兵士として赴いた少年詩人の頃は「木原」ではなく「樹原」だったというのは初耳だったけど、樹原孝一を調べる過程で浅原清隆という画家の存在に出遭ったという。

 こんな具合に実際に足を使って調べるうちに貴重な発見・出会いに遭遇するというのが、大橋さんの研究がブッキッシュではない信頼すべきものだという確かな手応えだ。末尾に奥様である大橋秀美女史が研究を支えてくれた老をねぎらうのみならず、装丁画まで手掛けてくれたことに謝意を付しているのは思わず微笑みが洩れるネ。

 大橋さんもいよいよ定年退職と聞いたけれど、研究者としては現役であり続けていることにも圧倒される。こちらが先般「後期高齢者」になった身で、研究からいっさい「足を洗」って久しいのでいっそう頭が下がるネ。