石井正己の「遠野物語」注釈   松本和也の昭和文学史

歴史に残る貴重な著書を2冊落掌して感銘を受け、早速紹介しようとしながらも(三島論執筆等のため)1週間以上経ってしまった。
稿了したとはいえ、まだ引用チェックや推敲などの作業中なので、簡略ながらの紹介を。
石井正己といえば日本を(ということは世界を)リードする柳田国男の研究者であるが、このたび○(2桁?)冊目かの「遠野物語」についての著書を出した。
『全文読破 柳田国男遠野物語』(三弥井書店)がそれである。
これまでの氏の論と異なるのは「全文読破」と銘打っているように、漢字にはルビが付いているし・難語には説明が付いているし・全部の話に鑑賞文が付いているしで、至れり尽くせりで避ける理由が見当たらない。
今まで遠野物語から逃げていたものは、これでカンネンして買うべし・読むべし!
読んだら吉本隆明共同幻想論」に行くと、読みの楽しみがいっそう深まるからおススメ!
大学生なら「共同幻想論」を読んでから卒業せよ! と言い続けていたものだが、石井氏には吉本を批判した論もあるのだから(この欄で紹介済み)カナワナイ。

松本和也(かつや)といえば安藤宏に続いて太宰治研究を担っている優れもので、デビューした頃から読みたい論者であり幸い発表する度に送ってもらいその守備範囲の広さにも驚かされてきたものだ。
安藤氏の興味がほぼ小説に限られているのに対し、松本氏は演劇にも強い関心を示しているので演劇好きな私にはとても喜ばしいのである。
のみならず現代の女性作家についての論集まで出版するほど器用なところも見せてもくれたものの、川上弘美「神様」論については先般批判させてもらったばかりではある。
しかし今度の『昭和一〇年代の文学場 新人・太宰治・戦争文学』(有斐閣)は太宰の名も見えるとおり氏が本来得意とする領域の著書なので、安心し信頼して読めるものである。
太宰のみならず「新人・戦争文学」とあるところからも窺えるように、氏は私のようにテクストを無菌室に閉じ込めたがる性癖とは無縁である点からも刺激をしてくれる。
若くして文学史を意識しているのか、昭和10年代に限られているとはいえ文学史が見えてくるところもスゴイ。
定価からすると安くはないが、内容の充実感からすれば決して高価ではない。
執筆中なのは「近代能楽集」論なので、氏の「班女」論を読みたくて院生にコピーを借りたのだが(この論は送付されてなかったので)縮小印刷のため老眼では読めないままなのが残念だ。
きっと面白くて有意義な論文だとは思うのだけれど。