一昨日は呑み会の前に例の七七舎(国分寺古書店)のゾッキ本(100円均一)コーナーで掘り出し物3冊をゲットしたヨ。1冊は2日前に病院帰りに目を付けておいたミラン・クンデラ「裏切られた遺言」で、この時は画集2冊を買って重いので見送った。クンデラはたくさん具えたものの未読のままで楽しみを将来にとってある。一昨日は斎藤美奈子『日本の同時代小説』(岩波新書)と成田龍一『戦後思想家としての司馬遼太郎』(筑摩書房)の2冊はその場でも読み始めたいくらいの面白さを感じたネ。
斎藤の本は2冊くらい自家にあると思うけど放置したままながら、この新書は目次を見たら興味津々で中味がともなえば素晴らしい本だと思ったネ。「一九六〇年代」から10年ごとに「二〇一〇年代」までそれぞれ表題を付しながら叙述している。あまり同時代の作品を読まないボクにとってはいろいろと知ることができそうで、魅力に抗しがたい読み物だ。
斎藤美奈子が「妊娠小説」で話題に上った頃、細谷博さんがこれを正面から批判していたのを読んだ記憶があるけど、それほどヒドイものとは思えなかったのは覚えている(自分で読もうとは思わなかったけど)。その頃に比べれば、斎藤は飛躍的に成長して女性視点で「舞姫」の豊太郎を批判する狭い視野から大きく変貌している手応えが感じれる新書だネ。
さて実際に「3」章の「一九八〇年代 遊園地化する純文学」を読んでみたら、メチャ面白い! 新自由主義経済路線が格差社会を生み出そうとしていた時代状況を記しながら、漫才ブームや浅田彰などのニュー・アカデミズムの流行などと軌を一にした文学として、田中康夫と島田雅彦のデビュー作が上げられるけど読んでないながらも論述としては伝わってきたネ。続いて村上龍・春樹・中上健次はじめとする作家たちの活動の概略を叙し、さらに大江健三郎や井上ひさし・筒井康隆など前世代の作家たちの新しい動向にまで目配りしつつ、共通するテーマを指摘しているところはスゴイと思ったネ。
ハルキや中上はそれなりに読んだものの、ボクは他の作家はほとんど読んでないに等しいからネ。そもそも大江は初期作品には今でも感動するけど、「個人的な体験」以降はツマラナクてまったく評価できないし将来も読む気がない。続いて高橋源一郎を皮切りに橋本治が、そして橋本が先鞭をつけた「少女小説」の系譜として堀田あけみ(名前も知らなかった)・中沢けい・加藤幸子・高樹のぶ子が、その延長上に山田詠美と吉本ばなななどが論じられるのだけど、未読の作品を前にしつつも説得力があるのでナルホドと80年代の傾向が分かった気になれるから斎藤美奈子はタダモノではない。
それも小説に限らず俵万智・柄谷行人・前田愛・黒柳徹子・大友克洋(マンガ)等々と幅広く展開されるのだから、感心するばかり。もちろんどの分野にしろ他にもいるだろうと思わせる間もなく、次々と主要な名前にも言及されるのだから80年代が覆い尽くされた思いは禁じ得ないから一読をおススメだネ。
これで切れ味が悪ければオモシロくないけれど、
大江健三郎「同時代ゲーム」・・・賛否両論が渦巻いたのも当然でした。
井上ひさし「吉里吉里人」・・・後半、物語は完全に破綻し、収拾がつかなく~
丸谷才一「裏声で歌へ君が代」・・・まことに無責任な作者のギブアップ宣言で~
筒井康隆「虚航船団」・・・後半はそうとう苦しくなります。
と、並み居る大家の苦心作が一言で片づけられていくのだから痛快この上ない!
学会でどう評価されているのかは不明ながら、定価で買っても高くない内容の充実ぶりだヨ。
歴史家の成田龍一『戦後思想家としての司馬遼太郎』(筑摩書房)は書評欄あたりで知った記憶があるけど、積極的にゲットしようという気はなかったもの。それが100円ならすぐに買うわナ。司馬作品は前に記したとおり、大学同期入学のセイ君に次々と読まされたのが幸いして本書の目次に並んでいる作品は親しく感じられるので、それらが歴史家として定評のある成田さんがどう論じているのかが興味深い。早速「坂の上の雲」の章を読み始めたところだけど、十分な手応えがあるヨ。