東北災害のために早々と今期最後の授業。
先週に比べると受講者が増え(やがっ)て、用意したプリントが不足したので後ろに座っているヒトに不自由かけた、ゴメン!
前回の更新記事で書いたと思うが、細部の表現をめぐる問題。芥川の死を契機に書かれた志賀直哉「沓掛にて」の紹介。
奉教人の死」を例に「読者に背負い投げを食らわす」書き方に対する批判。
逆に言えば「刑事コロンボ」のように、最初に手の内(犯人)を明かしてから展開する書き方に、志賀は自信があったということだろう。
芥川の方法はいかにもそうした書法とは裏腹で、三島由紀夫同様の「金閣寺を焼くまでの話」。
ドストエフスキー罪と罰」は老婆を殺してからの話だから、志賀の言うあるべき書き方。
「沓掛にて」におけるもう一つの芥川批判は細部の表現を巡るもの。
少女を見つけた二人の青年が小走りに少女に向かう際に、夏羽織の裾が風にそよぐ描写を入れるところ。
読者は青年と共に少女に向かうのに、青年の方に引き戻される感じをさせるのは良くない、というのが志賀の主張。
詳しく書きすぎて疲れたから終わり!