最終講義の日取り  上某和×の醜・悪さ  次期学長選への期待   (訂正継続版)

授業案内以外に記したい、記さねばならないことが一年以上分も溜まっている感じだネ。
来年3月で学大からキッパリ去ることにしたのだけれど、それがまだ伝わってない仲間(卒業生・学生)がいるのでキチンと説明しなくてはいけないと思いつつも果たせていない。
最終講義についても、従来のような講座主導の形はお断りして、卒業生(・学生)とのお別れ(?)の会にしたいと考えているのだけれど、その卒業生と十分に検討ができていない。
英語の金谷先生の退職行事をヒントにして3月下旬に集会をと思い、いちおう3月22日(土曜)の午後を考えています。
前日が春分の日で、翌日が日曜の3連休で旅行その他を計画しているヒトには迷惑でしょうが、逆に連休を利用して遠方から上京がてら参加してもらえる便もあるのかと思いました。
1週間延ばして29日の土曜にするという考え方もありえますが、積極的にご意見をお寄せ下さい。

合同夏合宿その他で縁の深い宇都宮大学の卒業生も合流したいという連絡をもらいましたが、少なからぬ参加希望者が予想されるので、宇都宮で(3月29日あたりに?)宇大と学大の卒業生との合同集会を別に企画中ですから、北関東在住のヒトは(学大卒業生も)宇都宮でお会いしたいと思います。
特任教授として、あと1年続けるように依頼されましたが、お気持ちに感謝しつつ固く辞退しました。
受講する学生のためにも、もっと有能で人間としても立派な若手研究者に道を譲ればいいものを、何の取り柄もないのに特任教員に居座っている上某に対する当て付けのように見えるかもしれませんが、上某をはじめ学大はもうウンザリだというよりも、早く自分の趣味・研究に生きることに徹したいという思いからです。
教育は十分すぎるほどやったから、残り多いとも言えない人生は研究を中心に自分のために生きたい、ということですが、研究者としての自己が強く生きているのを確認して喜んでいます。
同年齢の金谷さんが定年を控えながら2年早く退いた時に、「その手があったか!」と教えられて残念な思いもしましたが、その2年の間にセクハラ教員退治ができたので「居て良かった」と思い直しました。

上某の悪辣さは1年以上も前にも記したので詳細は省きますが、わざわざ「醜悪さ」を「醜」と「悪」に分けて書いたのは改めて「悪」を強調しておきたかったからです。
上某は昔、人文系のある講座を解体末梢しようと企んだものの、悪事を暴露されて当該の委員長から外された事実は、当時のワッシー学長も否定しませんでした。(暴露した方とは今年、私が非常勤講師を務めている立大で偶然お会いしました。)
現職のある学内の実力者の「あの時に上某氏は学内の信用を失うとともに、学内の政治力も失ったと思っていたのに、その後に人文の学系長に選ばれたのは意外だった。」という言葉が忘れられません。
悪事を働いたその時に、その罰とともに全学に報告しておけば、その後の「悪」は防げたはずでした。
現執行部が学内権力を握ろうとしていた時には、上某は利益に与(あず)かろうとにじり寄って学長選挙戦を領導していた現副学長から嫌われ・警戒されたことも以前記したとおりです。
人として信用できないモノが学内に(定年後でさえも)居続けることの害悪は、直接的には目に見えない点で今も問題になっている放射能に譬えられるでしょう。
「醜」でもあるが「悪」を強調しておきたいと思ったのは、受講する学生がこの「悪」の放射線に汚される可能性を危惧するからです。
改めて上某の「悪」を想起してもらっているのは、学長選挙の時期だそうで身辺騒がしく(来年からいないので放っておいてもらいたいものの)、また上某の「悪」が発揮されてはいけないと考えたからです。
セクハラ教員退治で「活躍」していた頃、お竹さん(大竹副学長)を長とする委員会で、学長顧問であるあのエロ弁護士と「 」でくくると言葉がいかに多義的になるか等をめぐって不毛な議論をした後で、「9時〜5時」仕事の弁護士が帰宅後にお竹さんが彼に代わって私のブログ記事から「悪」い言葉を抜き出して並べたのですが、その中に上某記事があったのでビックリ!
私がブログで上某を「政治ゴロツキ」と呼んだのがいけないとお竹さんが言ったのか、上某を匿名にし忘れて本名で政治ゴロと呼んだのがいけないと言ったのか判然としないながら、副学長が私を責めるに際し上某を弁護してみせたことが不可解なのです。
お竹さんを含めて現執行部が上某に学長選挙で借りがあると思い、そのために学大には「表現の自由」など無いことを私に教えるために上某の記事をダシに使ったとすれば、極めて忌々(ゆゆ)しきことです。
(上某が極めて例外的に特任教員を続けられているのは、現執行部の「恩返し」? まさか!)
ましてや(9月の教授会報告によれば)上某は来年度も特任教員の地位にしがみ付いて学大にいるわけですから、その「悪」の放射線を新執行部に及ぼす危険も考えられるわけです。
新学長候補としては、長谷川元理事(かつ副学長)と出口元副学長のお二人だけだそうですから、どちらが選出されても上某など相手にしないでしょうから、その点では安心しても良さそうではありますが。

お松さん(村松学長)が選出された時の対抗馬が長谷川さんで、私は推薦人に加わっていました。
長谷川さんを推薦したのは、長谷川さんが吾が国語科の同僚だった荒尾元副学長を常に支持してくれたというのが直接の理由で、長谷川さんの人格と能力に対する評価に「恩返し」の気持がくっ付いていました。
当時、推薦人に加わる前に出口さんに電話して「デグチャンが学長選に出るなら、長谷川さんの推薦人をお断りするが・・・」と、確認したのは確かです。
今回はお二人とも有力な候補者として並んでいるので、推薦人になるよう依頼してくれる陣営もありますが、中立を保ちたいと思います。
のみならず出口さんに「お二人は古くからの友人なのだから、どちらが学長になっても二人が協力して学大を立て直すよう、選挙の前に話し合っておくべきだ。」と伝え、承諾してもらっています。
このお二人ならどちらが学長になってもいいというのは私に限りませんが、さらに「問題は今の執行部のような仲良しクラブにならないように、学長の周囲を有能なブレーンで固めなければダメだ。」というのが人文系の実力者の言です。
言うところはお松さんを担ぎ上げたものの実務能力に欠けるモノや、女性だからというだけで執行部に迎えるという「仲良し」意識だけで集まっても、大学の運営はできないということでしょう。
3人目の女性は以前、同僚が働いた悪事(論文剽窃だとか)を追及しようとしながらも、当時の渡辺健治副学長の「事なかれ主義」に無視された経験を生かして、自らも「事なかれ主義者」に変身した模様で立派な「学内政治屋」という外ない。

現執行部にはお松さんに代わる人材が育たなかった(元々いなかった)ので学長候補が出せなかったのは学大の将来のためには幸いだということでしょうが、現執行部が(上某の手口ヨロシク)次の執行部に影響力を残そうと企んで、長谷川・出口の一方に加担(野合)しようとするのは厳に慎んでもらいたいと要望しつつ、選挙権のある人たちには現執行部の暗躍には十分警戒してもらいたいと思います。
デグチャンが学長候補に選ばれたのは他人事(ひとごと)ならず嬉しいものの、現執行部の「金魚のウンコ」のようなお愛想だけの学系長に担がれたのだというウワサを耳にすると手放しでは喜べません。
ウワサはあくまでもウワサであって、最初に動いたのは、私もある事で敬意を惜しまなくなった岸・連合大学院研究科長だと知って(とりあえず)安心しています。
岸さんはケツの穴の小せえ烏合の衆(事なかれ主義者)と明確に一線を画する方で、現執行部の完全なイエスマン学系長とは人としての格が違います。
「(とりあえず)安心」と付したのは、現執行部がこのイエスマンを利用するなりの暗躍をして、出口さんが学長に選出される可能性を阻害するかもしれない、という心配からです。
出口さんはそのままで学内で広く大きな信用を得ている人なので、その清潔なイメージを無能・無力だった現執行部のマイナス・イメージで足を引っ張るようなことはいっさい止めてもらいたいものです。
これもウワサですが(選挙にウワサは付き物なのか)、お松さんまで出口さん支持を(隠れて)表明していると聞くと、そんなことをすれば心ならずも長谷川さんを利することになると知ってもらいたいと思います。
公言どおり(?)一期で学長を辞めて「学内政治から足を洗う」ことになるお松さんが、ウワサのような「暗躍」をするとも思えませんが、生き残りを図る残党がお松さんまで利用しないよう、お松さんを「政治の汚れ」から解放してあげるよう、心底から願っています。